卑しくもサブカルという名の狗

サブカルバカのサブカル漫画ブログ。

30歳 転がる石のように生きること

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熊代亭さんの記事を読んだ。なかなか面白い文章だったので、俺も尻馬に乗って何か語ってみよう。

30歳で自殺したかったし、童貞のまま死にたかった。バージンスーサイドである。これは僕が中学生や高校生の頃に感じていたことだ。その頃の僕は賢しい方だったので社会問題に頭を悩ませ、大学生活に絶望し、社会にも人生にも絶望していた。耳にはパンクミュージック。30手前くらいの人たちが人生や愛や恋について煽っている。こんな音楽を聴きながらビールと煙草をやり、真夏の漆黒の夜空でも長めながら、人生の事を考えていると空虚に囚われて涙を流すことになる。その頃は人生は一度きりだし、18歳も一度だけだから頑張ろうと、苦手な体育の授業や学園祭や体育祭に精を出したので、まぁいい事だったんだろう。しかし、僕の目に見えているのは卒業までの一年間でありその先にどんな人生が広がっているのかはわからなかった。

大学を卒業して新入社員で入った会社を辞めて東京で一人暮らしをしていた。年齢にして25歳。東京でフリーターをしながら、何か自分には可能性があるんじゃないか?新卒で出版は落ちてしまったけれど、自分には書く才能があるんじゃないだろうか?MIXIの人気も上々だし、twitterでフォローしてる人が俺の投稿を見ている気がする、長い物語を書くのは得意だし、企画も思いつく。俺は東京でこの夢を追っていつかかなえて見せる。今は貧乏な暮らしだけれど、いつか、いつかきっと必ず。そう考えていた。30歳の自分は芥川賞の席にいるかもしれない、そういう妄想を描いていた。人生には一度だけ神様がこちらに微笑んでくれる時がある。それが25歳くらいの時だ。僕はこの時神の御尊顔を見たのかもしれない。いわゆるこれが20代の万能感の象徴だったのかもしれない。上り坂の万能感。どんどん自分のできることが増えていき、周りの人間よりは収入は少ないかもしれないが可能性が、自分には可能性がある。そう錯覚するのが25歳くらいなんじゃないだろうか。

僕はそこから転げ落ちた。病気になり妄想と不眠に悩まされて、発狂した。そこから地元から両親が迎えに来て地元に帰った。地元に帰ってもよくはならなかった。両親と喧嘩して札幌まで飛び出したこともあった。喧嘩が傷害事件に発展して一度目の措置入院になった。2か月間の措置入院の後、生活保護をもらったら人生の終わりだと思って募集した会社に転がり込んだ。ブラックだった。ノルマで精神がやられ、両親を傷害を負わせて逃げた。逃げた先まで追ってきた警察に捕まって留置所に1か月泊まった。精神鑑定の結果だったの両親が起訴を取り下げたのかはわからなかったが不起訴だった。豚箱の代わりに精神病院に3か月間入れられることになった。きつかった。精神病院を出て生活保護をもらいながら一人暮らしをすることになった。気がおかしくなるくらい毎日金の事を考えていた。ケースワーカーに追い立てられる形でアルバイトを始めた。ファーストフードのアルバイトでパニックになり辞めた。深夜のホテルのバイトを始めた。そこでは日に日に自分の入る日数が増えていきイライラが募った。いくらバイトしても生活保護以上のアルバイト代金は自分には入ってこない。イライラは酒で解消した。もっと金が欲しい。金が欲しいと思って必死に就職活動した30社ほど受けてやっと一社受かった。またもやブラックだった。倫理観の破たんしたやつらと一緒に1年間働いた。あーこの会社もう先がねーなと思って就職活動した。都会の会社が一社拾ってくれた。今度からはそこで働く。

30歳から老化という下り坂が待っているという話だったはずだけど。僕の場合は20代後半からの下り坂を、坂を転がる石のように生きてきた。東京にいた頃、いい服を着てドクターマーチンを履いて、精神障害のある人を笑っていた僕だ。

どんな気持ちだ?

どういう気持ちだい?

一人で

家に帰る道も無くて

転がる石のように誰にも知られずに生きていくのは?

僕の中のボブディランが語り掛ける。

 

 

・・・まぁ、波乱万丈銀河万丈って感じでいいんじゃないかな?仕事はやめてきたけど、チャールズブコウスキーにはまだまだかなわないしなぁ!ガハハ!30歳で死ぬだぁ?馬鹿なこと言うんじゃねぇよ!俺はまだまだ生きてやる!殺されたって死ぬような魂じゃねーんだよ!俺はこれからも豪快に金と人生を消費して図太く生きていくんだ!

あの頃の俺に一言。おいお前!おっさんになるのは楽しーぞ!あんまナイーブに考え過ぎんなよ!

といった感じ。特にオチはない。人生の下り坂とライクアローリングストーンをひっかけてなんか書きたかっただけです。

 


Bob Dylan - Like a Rolling Stone

 

あぁ素晴らしき不動産漫画の世界

不動産漫画という漫画のジャンルを思いついた。2秒で思いついた。嘘。8年くらい温めていた概念。これはそれ町とかが出始めた頃に思い付いた概念だ。それ町団地ともおはそれぞれ、商店街と団地を舞台にした漫画である。これまで学校を舞台にした学園物という漫画は大量に量産されてきた。学園での人間ドラマや恋愛模様を描いた作品は多岐にわたる。それが発展して最近ではもうちょっと広い範囲、商店街や集合住宅、市町村単位、島といったものを舞台とした作品が作られるようになったというのが俺の考察である。

こうした作品の便利なところはまず出てくるキャラクターの年齢層が広くなる。子供、学生、親世代、青年、幼児、じじい、ばばあ、おっさん、おばさんという多彩な人を登場させることができる。また職業も豊富になった教師、学生、アルバイト、職人、飲食店店主、小売店店主、これらの人々も積極的に話に絡ませることができるようになったので、より群像劇としてのドラマが奥深くできるようになったのだ。それもこれも全て、学園物の漫画が乱造されてやりつくされたパターンを一新させるためという編集側のアイディアがあったのではないかと思われる。まぁ、男おいどんめぞん一刻のように昔からあったアイディアのリファインしたとも取れるかもしれないが、多彩な人間の関わる多彩な人間ドラマを描くというのは新しいんじゃないだろうか?物語のフォーカスを主人公から離して、モブキャラやサブキャラにフォーカスしても違和感が少ないように思う。

こうした不動産漫画は今ではたくさん出ているので以下で紹介したいと思う。今回は作品羅列系の記事になってしまって大変申し訳ないが、実際深く読んでなくてあまり話ができないというのが本音だ。ただ、団地ともおそれ町と江豆町は俺がこの発想に至った作品なだけあって大変面白い。特に江豆町ブリトビラロマンは群像劇として日本最高峰の出来になっていると思う。小田扉は後世にもっと評価されるんじゃないかという評にも納得である。まぁいくつか挙げるので好きに読んでください。おねげーします。

 

ばらかもん(15) (ガンガンコミックスONLINE)

 

 

それでも町は廻っている(1) (ヤングキングコミックス)

団地ともお 7 (ビッグコミックス)

毎度!浦安鉄筋家族 19 (少年チャンピオン・コミックス)

土星マンション(1) (IKKI COMIX)

江豆町―ブリトビラロマンSF

ヴォイニッチホテル 1 (ヤングチャンピオン烈コミックス)

BARレモン・ハート(31) (アクションコミックス)

CITY(1) (モーニングコミックス)

ワイルドマウンテン(1) (IKKI COMIX)

 

 

オタクが愛を語るな問題

――人が恋をする時、それはまず、自己を欺くことによって始まり、また、他人を欺くことによって終わる。――オスカー・ワイルド

 

やぁ、こんな山の中の小屋までご苦労だね?私だ。

とりあえずその手に持った斧を下してもらおうか?俺の手に持ってるショットガンが見えないわけじゃないだろう?そうだ。そう、まずは斧を下せ。そうだ、良い子だ。

さっそくだがタイトルに挑発的な文言を並べた非礼を詫びよう。そうだこれは釣りなんだ。そこの机の上に本が置いてあるのが見えるかい?それは問題集なんだ。僕は資格習得に向けた勉強中でね。その資格というのが「愛を語る資格」についてなんだ。

ことにオタクというのは自分の行動原理に愛を取り込みたがる。愛ゆえに借金こさえてガチャを回したり、仕事休んで遠出して声優のライブに行ってみたり、アイドルの握手券や投票券に血道を上げて買い漁ってみたり、twitterや匿名掲示板でライバル作品を乏してみたり、まぁそんなことを見るにつけ、聞くにつけ、俺の中ドルバッキーは"それってホントに愛なのかにゃぁ?"と騒ぎだすのだよ。推し風俗嬢やキャバクラ嬢に入れ上げて、しまいにゃ愛まで語り始めた人間は冷笑するのにオタクのキャラ愛は受け入れてしまう人たちがいるのが、俺は何とも居心地が悪い。

キャラクターへの高まりを愛という高尚な言葉をつかって語るオタクはいずれ破滅する、というのが僕の考え方だ。ガチャで全滅したり、自分の所得以上にグッズを買い漁ったりして破滅するというのが持論である。これはオタク自身の問題というよりも、売り出す側も時流に乗っかっているのが悪いところだ。コンテンツ愛ビジネスというものが成立しているのが今だ。版元の出す公式商品は飛ぶように売れ、海賊版の製品も売れだして規制に回ったりするのは最近よく聞く問題ではないだろうか?オタクのそういった奇矯な行動を愛という幻想のベールに包んで、自分でもオタク仲間の間でも肯定してしまうのが、俺は何とも嫌で、幻想のベールを剝ぎ取りたくなってしまう性格なんだ。そこで出てきた言葉が、「オタクが愛を語るな!!!」という訳なんだ。自分のフリーキイ(異常な、突飛な)な行動を正当化するために愛を騙るという欺瞞。これはとてもじゃないが俺は許せない。あと、コンテンツ愛ビジネスとしてアイドルや声優がコンテンツを好きと語り、オタクからの好感度が上がるという現象があるが、あれも俺はいけ好かない印象を持っている。あ~ビジネスやってんなぁ~という感じだ。生駒里奈は好き。前の彼女に似てるから。

へうげものという漫画を知ってるだろうか?へうげものの最初の方で城を攻められて自分のコレクションを抱えて城から逃げ出す殿様というのがいたが、ああいう感じならばオタクもかっこいいと思う。つまり、ではなくを背負ってしまったから収集するという行動原理だ。

 

「俺はバカだ。こんなものに人生を費やしちまって

 

 こんなもん俺が死んだらゴミじゃないか

 

 本当に、本当に・・・・・俺はバカだなぁ!ハハッ!

 

 しかしだからこそ面白い!ゴミに血道を上げる!実に結構!

 

 このゴミこそが我が人生!実に業突く張りな良い人生だった!」

 

と笑って死ねる人だけが俺はオタクを続けるべきだと思うし、そういうオタクが死んだら「よく死んだ!」といって俺が骨を拾ってやろうと思っている。趣味で家督を潰してしまう系のあれね、まぁ好きにやってください。

ここで自分を翻って考えてみて、自分には愛を語るに十分足るだけの資格があるのだろうかと疑ってかかってみる。私にとってそれに相当するのはサブカル趣味、特に漫画なのであろうが俺に愛を語る資格があるのだろうか?

ここで遅れてしまったがコンテンツへの愛について定義してみよう。俺がコンテンツへの愛情として許容できるのは以下のものである。日本には伝統的な芸事がある。茶道、華道、日本舞踊、書道などである。これらの芸能で道と呼ばれる精神がある。伝統的に前の世代から引き継いだものを、先の時代へと継承していくという流れだ。今いる自分の到達点は決して自分一人で到達できたものではなく、前の時代の人の蓄積があってこそである。だからその歴史に敬意を持ちなさい。というもの。

こういう道の理論に乗っかったコンテンツへの愛情は信じられる。現代風に言い換えれば映画道、漫画道、ゲーム道、軽音楽道などとなるのだろう。一つのコンテンツを愛するというよりは、そのコンテンツの歴史、大作小作、それに関わる人たちすべて愛せよという方向性である。これは大きな愛だ。一朝一夕に成り立つものではない。こうした愛ある批評をしている人と言えばライムスター宇多丸町山智浩が思い浮かぶ。これら二人の映画批評が受けているのも愛をもって批評するというスタイルと確立しているからではないだろうか?逆に愛のないビジネスな批評で嫌われているのが岡田斗司夫だろう。これらの人たちが好かれているか嫌われているかの違いは一重に語り口に愛があるか無いかといえるのだろうな、というのが俺が今考えてることである。

まぁ、私のサブカル語りはビジネス語りであって、サブカルと寝たわけでも、漫画と一夜を共にしたわけでもないんで、あなたから好かれようが嫌われようが別にいいんですけど。ただ思いが高まって文章書けなくなってしまうのが何とも困ったところなのでもっとビジネスに寄ったブログにしていきたい。そういう話。以上

 

へうげもの(23) (モーニング KC)

 

気ぶりめし~豆腐カツのかつ丼~

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(大変よく発達した玉ねぎ)

 

こんにちは。私です。

今日は料理の話をしたいと思う。もうサブカルかどうかこれもうわかんねぇな。みなさんはこの弱い者たちが夕暮れさらに弱いものを叩く糞みたいなマッドシティで何を食べて生き抜いていますか?精力の付くもの、健康を意識した食事、家計を気にした食事、まぁそれぞれの事情でいろいろあると思います。私は失業してからパンばかり食べています。なかなかにお金がないことは辛いです。そんな地獄車の家計でも少しくらいの潤いが欲しいと思い、豆腐を使った料理に最近は凝っています。

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最近作った田楽。田楽はいい。一丁50円の豆腐から10枚くらいとれるし、日本酒にも合う。落語のん廻し(田楽食い)のように江戸時代から愛されてきた料理なだけあってなんか文化的な感じがあるのもいい。うぉん!今日の俺は江戸時代の浪人だ!という気分で酒を飲めるので失業したら田楽を食べるのがおすすめ。

田楽を食べていて気付いたことがある。水を抜いた豆腐に熱を加えるとなんだかいい感じの食感になるなぁ、と。そこでインターネット大先生に「豆腐料理 -クックパッド」で検索していたら精進料理家のページを見つけた。有名な話ではあるが禅宗のお坊さんは生物料理は食べられないので、その代わりとしてタンパク質豊富な豆腐料理が盛んに食べるのだとか。豆腐ステーキのおいしそうな写真があった。ここで私は一つの妙案が浮かんだ。「ステーキがあるなら豆腐を使ったかつ丼も作れるのでは?」真相を確かめるために我々はNASAには飛ばなかったが、行きつけのドラッグストアで豆腐とパン粉を買ってきた。

これは壮大な実験だ。狂気のMAD料理人である俺が豆腐でカツを騙り、世界を騙し、神をも欺く料理にしてやる。豆腐に衣をつけて油で揚げて煮るのである。正気の沙汰ではない。なぜなら食材はしょせん豆腐なのである。豆腐ごときにそこまでの手間をかけてやる意味はどこにある。だからこそこの記事のタイトルは「気ぶりめし」なのである。正気にては大道ならず。それでは行ってみよう。

1.水抜き

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パックに入った豆腐は水気を大量に含んでいるので水抜きが必要だ。キッチンペーパーで切った豆腐を挟み込み、上から少し重しをしてやって、冷蔵庫に1時間ほど置いておく。これをしないと焼いたり揚げたりする工程がうまくいかないのでちゃんとやろう。

水が抜かれた豆腐が写真。豆腐独特の表面のボソボソかんが出てきている。このくらいになっていれば良い。

2.衣をつけて揚げる

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水が抜けたら、まずは豆腐に塩コショウを振りかけて馴染ませます。このあたりから自己暗示を始めておこう。

——これはトンカツだ、これはトンカツだ、これはトンカツだ。俺はこれからこのロース肉を油で揚げてカツを作るんだ。これはきっと正しいことなのだ。この聖戦を勝利するためには俺という人間の犠牲が必要なのだ。みんなも喜ぶ。俺も喜ぶ。これは犬死じゃない意味のある死なのだ。この機械でもって異教徒の豚共を皆殺しにしてやるんだ。俺は正気だ。俺は正気だ。俺は死んでヴァルハラに行って戦士と迎え入れられるんだ。俺は正気だ。俺は正気だ。俺は、俺は——

という具合で戦意が高まってきたら小麦粉と卵とパン粉を用意します。トンカツを作るんですからあたり前ですね。今日は10枚のお肉を上げるので卵は2個くらい使います。おっとその前に油も熱しておきましょう。衣をつけたらドブンだぜ。小麦粉、卵、パン粉の順に肉に付けていき油の中にそっと入れましょう。

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のったらくったらやってたら焦げてしまいました。しかしこのくらいの焦げならアクセントになって逆に大勝利です。その手で栄光を掴みましょう。きっと大司教様もお許しになることでしょう。

3.煮る

カツはこれでもうできたので、今度はかつ丼の準備をしましょう。まずは良く発達した定型発達の玉ねぎを準備してください。発達障害に陥った玉ねぎを使ってはいけません。未発達の玉ねぎを体に取り込むと毒素を発生させるため、ジハードの戦士は口にしてはいけない決まりになっています。これは協会が定めたルールです。店で未発達の玉ねぎを買ってきてよく発達させてから使いましょう。

鍋を熱して刻んだ玉ねぎを放り込み炒めて、熱が加わったらだしと醤油を鍋に入れて煮立たせます。砂糖も入れると良いですが入れ過ぎには注意しましょう。いい感じに煮立ったら今度はカツを入れて煮込みましょう。まぁボロが出るといけないので、あまり煮過ぎずかといって味が十分に染み渡る程度に煮ましょう。そしたら今度は卵をかき混ぜて鍋にぶち込みましょう。

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キッチン回りが汚いことにはあまり触れないでおきましょう。差別的な表現が出てきてしまうとネットリテラシー的にアレですし、ヘイトクライムにはあまり関わらないようにしましょう。異教徒は這いつくばって土でも舐めていればいいのよ。

蓋をして卵が固まる程度まで煮たら完成です。

4.実食

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これが完成図です。おいしそうなカツ丼が出来ました。ちなみになぜ最近かつ丼が食べたくなったかについてですが、ネットで「ドン勝!ドン勝!」という言葉を見かけたからです。安直ですね。

早速実食と参りましょう。まずは玉ねぎと卵!フワフワしていてとてもおいしいです。味もよくしみています。次にカツ!柔らかな食感がとてもおいしい!衣によく味が沁みています!塩っ気もあってごはんが進みます!やはり私は間違っていなかった!私の理論は完璧だった。司教様。これでやっと恩を返せます!苦節30年長い道のりであったが、こうして見ると何もかもが愛おしい!主よありがとう!これで私は悔いなく逝けます!ありがとう!ありがとう!さらばっ!・・・

 

 

 

 

 

 

 

‥‥ここでメフィストフェレスが私に問いかけます。

「人間としてもっとも愚かなのは自分を偽ることだ。

 自分の欲望に正直な人間の魂ほど、極上の味だと俺達は知っている。

 自分を偽った人間の魂など下の下。下手物だよぉ‥‥。

 俺と取引するにあたって、確認したいことがある。

 あんたは自分を偽るような人間じゃァないよなァ?」

 

 

 

 

 

 

 

悪魔に諭される形で、私は自分を偽っていたこと思い出しました。

そうだ、そうだった。私は神を欺く研究に入れ込んで、正気を失っていた。これは本物ではない偽物だ。あぁ、嘘の告白をしてみんなを偽ったことをどうか許してほしい。どうか、どうか・・・。と贖罪を求めても誰も俺を許してはくれない。研究に使ったあいつも、俺を止めてくれた彼女もみんな死んでしまった・・・。俺には何が残っただろうか、この正気だとは思えない研究のせいで全てを、本当に全てを失ってしまった。私のもとには歪にゆがんだ醜い豆の塊しか残ってはいない・・・。だが本当に俺は間違っていたのか、この研究によって地上からすべての苦しみを消せるはずだったのだ。おかしいのは私の頭か、それとも社会なのか。

私の研究はここまでだ。この文章を最後に私は消える。なのでこの手記を読んだ人は、勝手なお願いだが、どうか研究を引き継いではくれないだろうか?私は失敗してしまった。しかし理論は究極だ。どうか頼みます。あなたの手でこの研究を完遂させて、地上にいる苦しんでいる人たちを救ってあげてください。それだけが。それこそが私の願いです。

 

では、さらば

Gヒコロウとアンソロジーコミック

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 君はアンソロジーコミックを読んだことはあるかな?アンソロジーコミックというのはよくわからん出版社から出ている、ゲームやアニメの二次創作の漫画が載っているマンガ本のことだ。男子向けのギャグアンソロジーはもうそのままだけど、女性向けアンソロジーともなると耽美でホモ臭くなるので苦手な人も多いんだろうと思う。私は今から主にギャグアンソロジーの話をしようと思う。

 はてさて、私がアンソロジー漫画なんていうものに手を出したのかというと、そもそも私には維新の志士的な肌感覚があってね。コロコロコミックよりもギャグ王。コミックボンボンよりもデラックスボンボン。Vジャンプよりもコンパイルクラブ。ファミ通よりもファミ通ブロスというように世の中のマイナーな香りのするもの、傍流にあるものに強く心惹きつけられる性向なんだねぇ。それは今も昔も変わっていないわけだが。こうした性向をしていると話し相手が出来なくて困るよ、全く。

 話を元に戻そう、アンソロジーコミックにどこで出会ったかという話だ。僕はそもそもガンガンっ子だったわけだよ。小学生の頃。ということはもうわかるね、僕とアンソロジーコミックの出会いはドラゴンクエスト4コマ漫画劇場だったといわけだ。たしか初めて買ったのは4コマで、次に1Pを買って、投稿集に流れたように記憶している。4コマと1Pが別だったかどうかは記憶が定かではない。まぁそんな感じで4コマに関しては全部買ったんだと思ってる。その頃、ドラゴンクエストはプレイしたことがなかったから、ドラクエ5については漫画の記憶だけで友達と話をしていた。なかなか話できるんだよ、これでも。その後、スーファミ版のⅢを買ってもらってプレイしたねぇ。僕の原作未プレイだろうと二次創作を見るという悪癖はその頃身についたものなんだね。

 そんなことで、僕はゲームをプレイしその世界観に酔いしれるようになっていったね。自己陶酔というやつだ。ゲームをクリアした後もその余韻を拡張するためにアンソロジーコミックを買いあさったわけだよ。例えばポケモンの4コマ!でも一番好きだったのは”ポケモンカードになった理由”である。例えばモンスターファーム4コマ!そしてポケットファイターズ!そういえばあの頃は、ギャグ王で天空物語やアークザラッドをやっていて、かたやボンボンなんかではビストロレシピやメダロット、そしてロックマンXをコミカライズしていて、ゲーム漫画全盛の時代だったと言えるのではないだろうか?

 また横道に逸れた。話を戻す。そんなゲームのコミカライズ全盛の時代で特に異彩を放っていたのがGヒコロウ先生なわけだよ!初めて読んだのはポケットファイターの4コマアンソロジーだったと思う。それからしばらくしてファミ通ブロスを読んでみたら、伝説の連載、不死身探偵オルロックが始まったというのが僕とヒコロウ先生の出会いのストーリー。何に惹かれたか!?アッパーなテンションのギャグと、対照的にダウナーな悲しいギャグの対比が面白かった!それはあたかも名投手のピッチングのように鮮やかで、さらに暴力的なツッコミが花を添えた!まさに今までに有り難しななギャグの世界が紙面に広がっていたんだ。僕はオルロックとシャーボが読みたくてブロスを買っていたと言っても過言ではない!僕にとっての小学校時代の良き思い出です。

 それ以降、何年に一度かの単行本発売で追うようになったんだけど、同時並行で行き始めたコミケにもヒコロウ先生は参加していた。その頃かい集めたものが写真である。艦これの同人誌があと何冊か持ってるけど、今は実家の倉庫で眠っている。僕はヒコロウ先生に最接近したことが一度ある。それは、コミックZINで道満晴満、雑君保プ、Gヒコロウでサイン会をしていた時だ。秋葉原ZINの最上階でサイン会をしており、下の階で本を買えばサインしてもらえるという会で、私はすでに単行本を買ってしまっていたため、同じ本を二冊買うのは経済的な事情で躊躇してしまった。今思えば保管用にもう一冊買っておけば・・・っ、と思わないこともないがまぁ詮無いことだろう。そんなことで最接近は不発に終わったのであった。

 ZINの話題が出てきたので「果たしてGヒコロウはサブカルなのか問題」について少し触れておきたい。Gヒコロウは多分サブカル漫画の範疇の漫画ではないという思いが私にはある。主戦場もコミケエロマンガ誌だし、カルト的な人気を誇るギャグ漫画家として資質は備えているが、「ヒコロウはサブカル!」といったらオタク達がきっと怒るだろう。しかし、こうも考えられる。コミックZINというサブカル寄りのコミック店で強く売り出しているヒコロウ先生はサブカルだ、と言えるのではないか?何!?言えない?俺が好きなもんが俺のサブカルだ!だからいいんだよ!コミックZINは秋葉原・西新宿にあるコミック店なんだがコミックや同人誌のラインナップが絶妙で、俺が東京に行った際には主にヒーリングスポットとして利用している。

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そんな感じで、アンソロジーコミック周りとGヒコロウとコミックZINについてつらつらと書いてみた。ま・ん・ぞ・くしたのでこれで終わりにする。最近、サブカル漫画というよりは漫画オタクの日々のつぶやきみたいになってきたけど、これでいいのかなーという気はしている。軌道修正を図らなくては・・・!以上

 

「田舎の男の人は酒、タバコ、女、ギャンブルの話ばかりで合う人がいない問題」について

www.tantandaisuki.com

 

今日はこの問題について論じたいと思う。一応、一時期東京にいて地元に帰ってきて5年経つの男の話である。

文章内では酒、煙草、女、ギャンブルが低次な趣味として扱われていて、ブコメでもそれらについては批判的な論調であったが、私はそんなに悪いもんでもないよと言うことがいいたい。これらの飲む打つ買う行為は確かに即物的な快楽である。消費してしまえば跡形もなく消えてしまい、一瞬の快楽の後に水泡に帰す、そうした種類の行為である。しかしながら、そうした行為を馬鹿にするものではない。人の消費活動においては、これほど所持品を圧迫しないで消費のしやすいものはないからだ。この手の消費行動が日本の経済を支えていると言っても過言ではないだろう。このあたり、物を持たないことを是とする高名なミニマムリストであらせられる筆者様に置かれましては、所持品を増やさずに得られる快楽についてはどう考えているのか、ちょっと聞いてみたいところではある。

話を元に戻そう。田舎は即物的な快楽を得る人間ばかりで、大変につまらないギ!というのが先のブログの論旨だったように思う。そうだよね?そうなんじゃなかったっけ?で、だ。なぜ田舎の大人はそうした行為に没頭してしまうかと言えば理由こうだ。

田舎の人は快楽を得る行為、趣味としての行為を他に知らないからだ。筆者様に置かれましては、読書や旅といった類の高尚な趣味をお持ちな様なので、気づかれないかもしれないが、そうした趣味を楽しむのには技術がいる。どういう技術か?それは新しい本を探すために作者で探したり、ジャンルで本を探したり、同年代の作家で絞り込んだりという情報処理系の技術だ。あと旅の目的地を決めるというのにもインターネットやガイド本などで探されているはずである。おそらく、筆者様は高名な大学をご卒業されたUターン組であらせられると感じた。なので大学在学中にそうした技術を無意識に学んだのだろうと思われる。しかしながら、地方に帰ってきて周りを見渡せば、そこにいるのは高卒や専門学校卒業の人間ばかりだったのではないだろうか?そうした人たちは人生においてそうした技術を身に付ける機会がなかったのだろうと思われる。要するに趣味の面白さを知らないのである。かといって、物を作り上げるという趣味には大変な技術が必要である。その技術の習得するのを30歳の時に思い立っても、なかなか続いていかないということもある。

この問題への解法は二つ。一つはUターン組はUターン組らしく同じUターン組同士でつるむこと、もう一つは周りにいる人間を啓蒙して自分と同じレベルまで引き上げること、である。話を聞いてると、その辺にいる大人とつるんでいるから話が合わないのであって、筆者は自分から話の合うグループに擦り寄っていっていないのではないのではないかと感じた。読書が好きなグループか、Uターンで外の世界を知っている人間ならば、ミニマムリストの話なり読書の話なり旅の話ができるのではないかと思う。ミニマムリストの話なんてネットでしかできないと思うけど・・・。まぁ、Uターン組ならば面白がって聞いてくれるかもしれない。あとは他者を啓蒙すること。即物的な快楽に酔いしれている周りの人間に対して、コンビニエントにその人が面白いと思うであろう本をお勧めしてやり、福沢諭吉ヨロシク!周りを啓蒙していけば読書の話もできるようになるのではないだろうか?原始的な快楽に身を委ねる田舎の猿共を教化してやるのだ。まぁ東京帰りで高名なミニマムリストであらせられる筆者様におかれましては、土人を啓蒙することなどお茶の子さいさい賽の河原石を積むで可能なことだろうと思われます、こちらとしては。

ここからは少し自分の話。私はサブでカルなアル中モク厨なわけだから、別に即物的な快楽の話が出来なくて困るというようなことは無いけれど、サブカルの話についてはあまりできなくて悲しい思いをしている。大きな書店があるのでネタの確保には事欠かないが、話し合う相手がいないのである。私は小学校時代の同級生と仲が良い。私の小学校は古い家が多くお金持ちが多い学校だった。なので自然と文化的資本の高い地域だった。漫画、アニメ、音楽について素養が高い子供が多く、小学生の頃は楽しく過ごさせてもらった。そういう子供たちが大人になったわけだが、私のソリッドなサブカル趣味についてこれる人間はやはりいなかった。周りにはパチンコやソシャゲやレディースクラブの話題が溢れ、映画やマニアックな漫画、フェスの話題をできる人間がいないことが寂しいと思った。悲しいお・・・悲しいお・・・話す相手がいないお・・・。そうだ!そういう話題ははてなでやるお!と思い勢いブログを立ち上げたのである。<完>

<完>ではない、まだちょっとだけ続くんじゃ。人と会話しないで自分のうちに秘めたる思いを書きつける、という行為を通して私のブログではなかなか濃い記事が書けているんではないかという自負がある。なので会話ができないという状態を嘆くだけではなくて、思いのこういう昇華の仕方もあるよという例である。あとUターン組に関しては、まちづくり関係のワークショップに出た時に、これは参加者が殆どUターン組で占められていた、アイディアを出し合うというワールドカフェをやってべらぼうに面白かったことに起因している。その後の飲み会でも楽しい話ができたので、やはり人間は学歴や職業が同じような階層の人とつるむのが一番楽しいんじゃないかと言う知見を得たことがきっかけである。

まぁ筆者様に置かれましては、自分から何も動かなければ不満が解消されることもなく、鬱々とした気持ちで地方中小都市に移動するいわゆるUターン失敗に陥ることになる危険を秘めているのではないかと思いました(適当)。以上

コミティアでお勧めの同人作家1選

春の行楽シーズンは国内海外ともに活況だったようである。どこにも行かなかった私にしてみれば、国内旅行位しておけばよかったなー、と思いました。(小並感)さてここで5月の連休と言えば!毎年開かれているお祭りがあることをあなたはご存じだろうか?それが東京ビックサイトで行われている春の同人イベント祭りだ。創作同人のコミティア、東方の例大祭、あとガルパンのイベントと蒲田でふたばの学園祭もあったのだとか。創作をやっている人それを買いに来る人で、ビックサイトは連日ごった返していたようである。今年のコミティア120は不参加だった私だが、北海道から出て行って同人誌を買いたいと常々思っている作家がいる。それがにこらてすらのジョン・テンダさんだ!

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2~3年に一度コミティアに行って買い集めた漫画と、通販で買い集めた私のコレクションである。

私の同人歴は、買う方ばっかりなのであるが2009年のコミケから始まった。2009年の夏、仕事を辞めて(また辞めてら!)暇だったので盆に地元に帰らない友達を連れて夏コミに出かけたのだった。開場待機で長いこと待って、いざ会場で黒々とした人波が動いているのを見て「あぁ、日本中にはこんなにエロ同人を求めている人がいるんだなぁ・・・」と感慨もひとしおだった。

そこから何回かコミケには足を運んだが、金がなくなってきたのと開場待機の環境が過酷なこともあってだんだん足は遠のいていった。その代わりに行き始めたのがコミティアである。コミケほどの黒山の人だかりもなく、混雑もしないので行きやすかったのだ。それにコミティアヴィレッジバンガードでよく売ってる漫画家を輩出している登竜門だと聞いていた。すべての道はコミティアに続く。私がコミティアに通うのも無理からぬことだったのだ。

そんなコミティアで運命的に手に取ったのが、にこらてすらの「メメマンガ」と「おおむねプロレスの味方です」だったのである!

にこらてすらの漫画は酒!とかプロレス!とか団地同人誌!とかのような青年誌寄りの男臭いテーマを扱うことが多く、しかも私の苦手なラブロマンスの要素も殆どないので、すごく私の興味に合っていて買いやすいのだ。プロレスに関してはほとんど知らない私なのだが、なんていうのか吉本興業ストリークっていう野球漫才やる人たちいますよね?あの人たちの漫才が割に好きなんですが、あるジャンルが好きすぎる人の濃厚なトークを聞く感じで読んでいると大変に面白いのでございます。

ここでにこらてすらのブログと、現在ネットで公開しているマンガをご紹介。

johntenda.hatenablog.com

 

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メメマンガは同人誌を制作している高校生の話なのだが、いやーほんとさー、自分が東京にいる間に漫画を描いてコミティアに出なかったことを後悔ちゃう面白さだよねー。俺も伴平太に「感想一言いいですか」って言われてみたかった・・・・。成せば成る成さねばならぬ奈須きのこ!そうだ!ここで衝撃の私がその頃書いていた漫画の公開だ!!!

 

 

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ミリペンと原稿用紙買って、板タブでトーン貼って、エレメントで写植してできた渾身の作品がこちらです。だいたい6~7年前に書いた漫画です。最近漫画を描くとアル中か、統合失調症の薬のためなのか満足に書けません。なのでこの漫画が俺が人生で唯一かけた漫画っぽい漫画ということになるでしょう。

いかがでしたでしょうか?またもや人の作品を利用した自分語りとなり果てた今回の記事でしたが、また、来年くらいにコミティアに行けたらにこらてすらの漫画をまとめ買いしたいと思っています。この記事が面白かったら、あなたの推し漫画家の作品もご紹介ください。以上