卑しくもサブカルという名の狗

サブカルバカのサブカル漫画ブログ。

天皇賞秋

 日曜日の込み合った中央総武線各駅停車三鷹行きの車内でやっとのこと座れた。
 ここに来るまで東武線も、山手線も込み合っていてずっと立ちっぱなしだった。これでは読もうと思ってた本がまったく進まない。
 なんとしても目的地に着く前にコートのポケットに入れた『ジョッキー』を読み終わらせたかったので、立っている目の前の席が開いたのは、まさしく渡りに舟だった。


 なんでまだ10月なのに糞寒く小雨もぱらつく日に、私鉄とJRを乗り継いでまで、のこのこと荻窪くんだりまで出掛けることになったかといえば。さかのぼることその前の週、頭にスチールウールのようにくしゃくしゃの毛をのせて、加減のわからん馬鹿が作った水割りのように無駄に濃い顔、そしてチョコレートとロールケーキをこよなく愛する心を胸に秘めた大学時代の同期のサクラ、健人(ケント)君に秋の大レース“天皇賞”を見に東京競馬場まで行かないかと誘われたのである。
 ちょうど競馬を題材にした小説をブックオフで買った私は「ホホホ、競馬小説を買ったその日に、競馬場まで遊びに行く連絡してくるなんてなかなかわかってるじゃない。」と誘いを快諾して、来たる日に荻窪に12時に集合し、車で府中競馬場まで行こうと約束したのだった。ちなみに私は競馬をするのは今回が初めてである。


 私は電車のシートに腰をおろして本を取り出し、さっそく続きを読み始めた。
 話は終盤、男やもめに蛆がわくという生活を地で行く、成績の振るわない騎手の主人公・八弥と、八弥の競馬学校の同期で連戦連勝を勝ち取る騎手・生駒が、天皇賞を舞台に物語上最後のレースにのぞむというクライマックスである。実はこの小説、大学時代に図書館で借りて一度読んだことがあるので結末については知っている。しかし、結末を知りつつ読んでもこのクライマックスの展開には燃える。主人公とライバルの因縁もさることながら、二人の乗る馬同士にもドラマがある。二人の乗る馬は、オウショウサンデーとオウショウエスケプという同じ馬主の馬で、横暴な馬主の意向によってこの天皇賞秋でエスケプは善戦むなしくサンデーに負け、天性の脚質を持つサンデーの伝説の踏み台になるというすじ書きを当てられてしまう。負けたオウショウエスケプはあわれにも馬肉街道一直線である。負けるすじ書きを背負わされたオウショウエスケプと騎手の八弥、世界負け負け人生選手権日本代表の自分としては、熱くならざるを得ないクライマックスである。


 発車と停車で揺れる電車で、なんとか読み終わった。その興奮のまま、今日のレースの予想をすることにした。
 ん~……よっしゃ、今日の天皇賞はこの小説と同じように逃げ馬で行こう。今日の天皇賞のあらすじはこうだ。小雨のレース、中位の集団がまごついている間に、スタートで逃げきった馬が三馬身、四馬身と差をつけて先行する。最後の直線で中位集団の馬が追い上げるも追いつかず、逃げきりレースを制する。そして三連単で結果を予想していた俺は、見事1000倍の万馬券を手に入れる。1000倍といえば、100円買えば10万円。1000円買えば100万円である。…ヒョヒョヒョ。良いではないか。一日で100万円。時給換算でも30万円/時だ、ドミノピザ25周年のバイトだって目じゃないぜ。40万円あれば飛行機で世界一周できるこの時代。100万あれば世界一周してべガスとマカオで遊んでもお釣りがくる。カジノのルーレットで遊んで、赤か黒かの勝負に勝って倍額、二度目に赤を買ってさらに倍、まさにやればやるだけ増えていくマネーゲーム。重ねてプッシュプッシュで億万長者。ククク、笑いが止まりません。この俺が一夜にして億万長者。たまらんのぅたまらんのぅ、カカカ!


 ラスべガスのストリップでダンサーのタイトなスキャンティにねじ込む(10ドル札を)、というところまで想像したところで、なんとなく視線を感じて我に帰り、手に持った小説から眼だけ動かせて前を見てみると、電車の正面に座った老夫婦が私をガン見していた。お爺さんは70歳程でキャスケット帽を被って、上着は青いニットのベスト。お婆さんは同じくらいの歳で白髪のパーマにくすんだ薄ピンクのカーデガンを着て、手に杖を持っている。二人とも足立区で見かけるじーさんばーさんよりも少し上品な感じがするが、ごくごく普通の老人に見える。だからといって、こちとらはた目に見れば普通の青年のはずであって、青年が電車で本を読んでいても一般的に見る程のものじゃない。そもそも、私はこの爺さん婆さんには知り合いでもないわけで、そんなにガン見される筋合いは私にない。ではなぜこっちを見ている?何か目的でもあるのか。ガン見ガン見、視線…視線……目立つ、違和感、どこか変、変、疑念、疑惑―――

 ―――公安か!?
 俺を標的にして公安が動きだしたのか?あわわ。公安が、ついに公安が。日本の公安に目をつけられて生きていられた人は、あんまいないと聞くあの公安に!あわあわわわ。消される。現代の忍者に殺される。
 いや、ちょっと待て。なんで俺を公安が狙うのか?国家転覆を企てた覚えもない。大規模な集会をしたこともないような善良な一般市民のこの俺が。公安に目をつけられる理由はない。ということは、マルサ!?マルサか?公安でないとすればマルサなのか!公安にマークされる理由はないが、マルサにならばわからんでもない。やはり、前に先輩に飲まされた白く濁っていて飲むと頭がぼーっとする、不思議楽しい清涼飲料がまずかったか!あのもち米から作ったという清涼飲料が!「たくさんあるから持ってけ」と先輩に言われるがまま2Lも持ち帰った!あの!あの清涼飲料が!半年かけてちびちびと飲んで家の冷蔵庫に入っている!あの飲みすぎると胃のあたりが気持ち悪くなるアレが!きっと!何かしらの!酒税法の関係で問題のある!アレを持っていることが税務署にばれたのだ!あばばば。

 
 正面の老夫婦からのプレッシャーを受けて、脇と額が脂汗でじっとりしてきた時、電車が荻窪の駅に着いた。私はさっさと座席を立って電車を降りた。降りるときに老夫婦の方をちらって見てみると、いまだ二人ともぼーっと私のいた座席の方にある『四角い頭を丸くする問題』と書かれた広告を眺めていた。
 

 「ぷしゅぅぅぅ。」と電車の扉が閉まり、ホームからゆっくりと電車が出ていく。
 オーケーオーケー。ネタが分かれば何のことはない。あの老人達は私の頭の後ろに貼ってあったクイズ付きの広告を見ていただけなのだ。『四角い頭を丸くする問題』はなかなか難しいから、あの老夫婦はずっと眺めて考えていただけだ。それか俺の恰好が気になったかどちらかだ。オーケー。クールダウン。クールダウンベイビー。心はホットに頭はクール、これを忘れるな。服装が変だなんてことじゃぁ、ノーマンズ・ランドを超えてきたこの俺の鋼のハートは気づ付かないぜ。オーケーオーケー。大丈夫。大丈夫なのだ・・・。 
 電車を降りて改札に向かう人達の流れに乗って、私はホームの階段を下に向かって降りて行った。途中の売店で缶コーヒー2本と競馬新聞を買って、健人君の待つ車に向かった。