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卑しくもサブカルという名の狗

サブカルバカのサブカル漫画ブログ。

腸を断腸の思いでぶっちぎった人の日常

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5月8日 月曜日 雨時々晴れ

ギ・・・ギギ・・ギ

こいつぁ大変にビールが飲みたいギ!!!!

今日は連休明けの月曜日なのでtwitterで出勤途中の人をからかったり、クソリプを楽しんでいたんだけど。夜になって思う。ビールが飲みたいと・・・!!別に断酒中という訳ではなくて単純にお金がないからビール飲んでないだけだけど。夜になってからビールが飲みたくて堪らない。口の中がやけに渇いて、この渇きをビールで鎮めたいという欲求が自分の中で抑えられなくなっている。欲を言えば大戸屋のバクダン小鉢をズルルと飲み込んで、口の中のぬめりをビールで流し込みたい。鮪の山掛けでもいい。そうした欲求が俺の中で暴れまわり、近所のドラッグストアで麦とホップ500ml缶161円を買いに走りだしそうだ。

思うに、これは中島らもの今夜すべてのバーででつけた知識なんだが、これまで働いていた1年6か月、さらに生活保護とアルバイトをしていた1年3か月の間、500缶3本くらい毎日飲み続けていて。習慣として起床後8時間以上たったら飲むという暮らしを続けていたので連続飲酒900何日とかいう状態であったわけだ。そんな状態から急に飲まなくなったので、体が酒を欲しているんだと思う。途中休肝日はほとんどなかったように記憶している。アルコール依存症離脱症状と言うほどじゃなくて、「なんでビール飲まないんですか!!11ビールくだち!!11!1!けおおおおおおおおおおおおおおおっ!」と体が真っ赤になっている状態ではないかと思うわけだよ。イヨーォッポンッ!

タイトなジーンズに1000円札を捻じ込み、ドラッグストアまで八艘飛びでビールを買って飲むことは大変容易なことだ。しかし、そうすると金が入る日まで煙草が吸えなくなってしまう・・・。それは大変につらいことだ。酒もダメ、煙草もダメともなると、僕はね、精神病院に入院してた頃のあれやこれやを思い出してダメになってしまうんだよ。本当にあそこにいた期間は辛いものだった・・・。という訳で、金はなくても煙草くらいは飲んでいたいので、ビールを我慢しよう。ザ・ガンバルマン。

どうやらブログを書いて気を紛らわせているとビールが飲みたくならないので何かを書きつけておこう。どうだろう、サブカル的に僕とビールの歴史なんていう感じで書いていこうじゃないか。

私がビールを飲み始めたのは高校時代の事だった。近所にスーパーがある。そこは閉店近くは高校生のバイトだけになる。高校生のバイトは酒を売ってくれる。という訳で僕は高校時代から晩酌をするようになった。至極、ナチュラルな展開だったと思う。別に咎められないならば誰だってそうする、俺だってそうする。社会をハックして自分だけいい目を見るという俺の腐った精神はこの頃に養われたものだ。星空を眺めながらパンクミュージックを聞いて、チューハイを飲み「なんてこの世の中は悲しいんだ」と世を儚む、感傷的でしゃらくせぇ飲み方をしていました。この頃は。ハイ。正直に告白します。あとクリスマスに「SMOKE」を見ながらウォッカを煽って、一人で飲んで一人で吐いたりしてました。ハイ。駄目なやつです。

そんな感じで酒人生のフライングをしていましたので、自分の酒量もある程度分かっていたこともあり、大学生の始まりの頃はスタートダッシュを切っていたね。まず、入学前の歓迎パーティーで花見があったんだけど、未成年と言うことで酒が出なかったんだよ。まだるっこしいことやってやがると思ったね。そっから僕は鬼になった。コンパの鬼に。説明しておくと僕の通っていた大学は昼夜間学部と言う変わった学部で、四年制大学だったんだけど1限の授業が昼の13時からという変わったスタイルの学校だったんだ。最終授業は21時。なので僕は校門で待ち伏せして同級生の男に「ねぇなにしてんの?今日なんか予定あるの?みんなで飲みにいかない?お前が来ないと始まんねぇんだって!!!」と言って勧誘し、駅前のわたみん家に呼び集めて宴会をするという生活を送っていたね。これは楽しかった!俺だけが楽しかったわけでもなく、この連日連夜の飲み会があって僕ら同回生の団結力みたいなものが生まれたような気がするね。ちなみに卒業式の後の飲み会もこの時のメンツで集まって飲んだね。これは僕の大学時代でも1.2を争うほどいい思い出として残っているよ。この頃によく飲んでいたモルツと八海山は、今でも自分の中ではうまい酒という分類に入れている。この頃は主にビールを飲んで、飲み疲れてきたらレモンサワーに切り替えたり、いいことがあった日は日本酒を飲むというスタイルで飲んでいたね。

あとね。この頃の思い出として残っているのはサークルコンパクラッシャーとしての自分だったね。僕自身はサークルに加入していなかったんだが、人から誘われたり、コンパの情報を聞きつけては乱入したりしていたね。よく飲み、よく食べ、よく遊び、よく笑い、そしてよく吐いていたということを記憶している。そのサークルで一番かわいいの子の横にデーンと構えてキャッキャウフフしていて、そのサークルの正規メンバーが恨めしい目をしていたことをよく覚えているよ。どーもすーいーませーん。とネットで謝ったところで誰にも届きはしないだろうけど。けど飲み会で粗相をして後で土下座で謝るみたいなこともあったのがこの時期です。プラマイゼロって感じかな。この頃はちゃんぽんでした。場所は居酒屋とか大学内とか友達の家とかでした。

 春の嵐のような大学生活を乗り越えて新入社員になれました。この頃は今思い出してもヘドが出るような時期だね。部署がよく飲み会のある部署だったんだけど、その飲み会が最悪だったね。新人いびりと説教と一気とかを強要されていたことを憶えている。まぁそんなところはすぐにやめたけど。この一件から会社の人と飲むということには一線を引くようになったね。しかし、初任給とかもらって東京の店を一人で開拓するっていうことは大変に好きだったよ。特に通ったのが上野の立ち飲み屋!上野のタキオカでなめろうをあてにホッピーが何本開けられるかということに休日の昼間っから情熱を注いでいたわけだよ、僕は。あとは新宿のぶっちぎり。この店は東京を見回してもぶっちぎりで安いんだけど、ぶっちぎりでまずいんだ!よく覚えている。あと好きだったのが新宿のガッツグリル。何千円か支払うとステーキ食べ放題と酒飲み放題をやっていたのがうれしかった。友達数人でいってステーキをたらふく食べながら、赤ワインをグビグビ飲むっていう刃牙のビスケットオリバごっこをよくしていたね。あれは楽しかったなぁ。この頃からビールと日本酒とチューハイ以外の飲み物、ウイスキーとかワインとか焼酎とかを徐々にだけど飲むようになっていたね。特にニート生活に入ってからの飲みっぷりはすさまじく、家でテキーラにレモンと塩をつけて朝っぱらから夜まで飲んでみたり。ミキサーを買ってきて、氷とジンとレモンジュースを混ぜてフローズンダイキリを作って昼間っから飲んでみたり。コンビニでビール買うついでにウイスキーの小瓶や焼酎のカップを買って家で混ぜて飲んだりしていたよ。本当にむちゃくちゃな飲み方をしていたと思うよ。実際。

まぁそんなこんなでニート生活をしていたんだけど、統合失調症を発症して発狂してしまってね。今では地元に帰ってきているよ。特に入院生活は前述したけど辛かったなぁ。酒も煙草も駄目なのが3か月だからね。あれは辛い。もう二度とお世話になりたくないと思ったよ。今の飲み方は至って質素なもので第三のビールと1000円前後のウイスキーを適当に飲んでいるよ。最近好きな飲み方はショットグラスにウイスキーを注いで、ビールをチェイサーにして飲む飲み方だよ。これをシュタインヘイガ—にするとドイツ人式の飲み方になるね。体が温まって酔いも早いのでお勧めだよ。まぁ私と酒の関係はざっとこんな感じかな?ビールを飲みたいという欲求もだいぶ収まってきたので今日はこの辺で失礼させていただきます。よしなに。