卑しくもサブカルという名の狗

サブカルバカのサブカル漫画ブログ。

エロくない、でもちょっとエッチで、やれるかもしれない漫画

オッス!オラ神明戒律大明神!お前ゲロ犬!

今日も今日とてブログを書く。

今日は最近の漫画業界で起きているちょっとしたムーブメントの話だ。

 

7月にこの二冊が発売した。

初情事まであと1時間 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

やれたかも委員会 1巻

どちらも重版を重ねてなかなか売れているようだ。

この二冊に共通するテーマは「実際のセックスの手前の段階を描いた漫画」だということだ。俺はね。こういうテーマが大好物なんだ。なんだろ?やれたかも委員会の解説の言葉を借りれば、実際のセックスの手前の部分を丁寧に描くというのは、「純愛」を描くということなんだよね。純愛。最近聞かないね。俺なんかは吉田拓郎の「純」をスナックで歌って、「これ歌ってるやつ初めて見た!」ってママに言われてしまうくらいの、純かぶれなんだよ。純かぶれとしてはこういう作品群は放っておけない。

 

各論に入っていこう、「初情事まで一時間」(ノッツ)はフラッパーで連載している作品。セックスすることが決定されている世界線で、そのセックスに至るあれやこれやを描いた作品である。1冊に13エピソード集められている。大学の先輩と後輩、歌い手と女の子、勇者と魔法使いなどいろんなエピソードがあります。読んでて思ったのは「私、セックスする!」って決めた女の子は強い!堂に入っている!ちょっと「おぉっ」って思うくらいに堂々としたセリフは言うのだ。やっぱり女は剛しといったところか。男の方が「どうしよう?え?俺やれんの?マジかよ!」みたいなフワフワした感じがある。そこがまたいじらしいと感じてしまう俺はもうおっさん。

ノッツ先生はIKKIでも連載していた漫画家さん。僕がノッツ先生を知ったのはインターネットで流れてきた「○○したいだけの人生だった…」の画像だった。あれは良かった。グッときた。音楽活動もしていて音楽ネタの漫画や、ちょっとセンチメンタルなグッとくる作風が得意な漫画家さんである。年越しセックスは名曲。あと私はあの子の2Pカラーもいい曲だぜ。

私はあの子の2Pカラー/KNOTS feat. VOCALOID Fukase

www.pixiv.net

 

 

 

続いては「やれたかも委員会」(吉田貴司)である。やれたかも委員会はCAKESや吉田貴司先生のNOTEで連載していたものを双葉社が紙の本にまとめたもの。インターネット上でのブームに乗っかりすごいPV数を稼ぎ出した。内容はやれたかも委員会に男性のやれたかもしれない夜の話が持ち込まれ、それを審査員たちがやれたか、やれなかったかを判定するという物。童貞臭いのが特徴で、インターネット上ではミソジニーだとか女を物扱いしている!と物議をかもしたらしい。ミソジニー?そうだよ?俺ピーズとかも好きだし、銀杏BOYZも好きだし。ミソってるよ。でもいいんだ。この作品は面白いから。この漫画は作者と友達の飲み会の話の中から生まれたという漫画で、とにかく酒に合う!酒飲みながらみんなで回し読みしたい漫画である。「大学時代に○○って子いたじゃん?」みたいにね!

吉田貴司先生はモーニングツーで漫画を描いていた人。フィンランドサガというサウナの漫画だ。俺がサウナにハマるきっかけになった漫画である。連載は惜しくも打ち切りという形になってしまったけど、俺のサウナ通いはいまだに続いている。そのせつはお世話になりました。

 

1つの月にやれるのか!?やれないのか!?がテーマの漫画が出たことは惑星直列並みの奇跡だと思う。僕はエロマンガも好きなんだけど、エロマンガはやれる話なわけだ。ラブコメラッキースケベで挿入ギリギリのエロを楽しむ話だ。やるための方法を勉強する漫画もあるし、やったあとを描いた漫画もある。ここでこの二作は漫画界に新機軸を打ち出した形になる。「やれるのか、やれないのかわからない、一番ドキドキする瞬間を切り取った漫画」という形だ。作品の分類でいえばサスペンスに近いのかもしれない。

またこの二作はあくまでも純愛を描いているというのが特徴だ。ここでやれたかも委員会で対談している保坂和志さんがこんなことを言っている。

“「やれたかも委員会」はものすごい着眼点が良くて、作品論的に言うと、つまりこれは純愛モノなんです。

 今、純愛のストーリーをそのまんま出したら「馬鹿か」って言われるでしょう。でもみんな本当は純愛の話を読みたいわけだよね。で、純愛の話を委員会式だとか面白い枠組みで作ったのが凄いアイディアだと思うんです。ただのベタな純愛モノだったら、読者はそれを読んでいる自分も馬鹿みたいだっておもってしまう。でも、こういう枠を与えられると安心して純愛に入っていける。”

不安定で先の見えない時代だからこそ、時代は純愛を求めているのかな?と、この話を読んで思った。不確定性の時代でみんな不安なのだ、だから愛に確かな物を求めているというのが現代なのかもね。おじさん愛とか普段考えないからよくわかんないけど。

僕がこういうやれる直前の話が好きなのには理由がある。それは快楽天の思い出だ。2000年頃の快楽天には遊びがあって、エロマンガ誌なのに抜けない漫画が載っていた。その中に「変ゼミ」が載っていた。変ゼミTAGRO先生が快楽天とモーニングツーで連載した漫画で、変態生理を研究するゼミで、変態な先輩を好きになってしまった女の子が、変態な周りの人ともに暮らす大学生活を描いた漫画である。この漫画は変態を扱っているのでエロいのだが、挿入シーンはそんなに出てこない。まさしくエロマンガ誌をふわふわと漂う、普通の漫画雑誌では連載しにくい魅力的なマンガだった。俺はこの二作が作った風潮は、先鋭的だった快楽天のノリに時代が追いついたと思っている。もしかしたら、俺みたいなサブカル野郎が編集部にいて、その人たちが仕事回すようになって、俺好みの漫画を作っていてくれてるのかもしれないが、俺はそんな内部事情は分からない。とにかくいい時代になったなぁ、と思うばかりである。

ちなみにやれたかも委員会には私が原作を投稿した作品があるので、是非読んでみてほしい。「一番やれない話」とブクマで言われた作品だよ。

今日はこんな感じで終わりにしたいと思う。

それではあなたもそのやれなかったお話を後生大事になさってください…。